学生時代の日本縦断ヒッチハイク冒険記 その10(山口県~福岡県編)




学生時代の日本縦断ヒッチハイク冒険記 その10(山口県~福岡県編)

前回までのあらすじ

私は他の人がなかなか出来ないような事をやってやろうと思い,日本縦断ヒッチハイクを思いつき,北海道洞爺駅付近から最初の目標地点函館に向けてヒッチハイクを始めました.

1日目は洞爺から函館までヒッチハイク,函館から青森までフェリーに乗って移動しました.

2日目は青森から福島までヒッチハイクで移動しました.

3日目は福島から東京までヒッチハイクで移動しました.

4日目前半はマクドナルド用賀インター店(東京都)~港北PA(神奈川県),港北PA(神奈川県)~海老名SA(神奈川県),海老名SA(神奈川県)~富士川SA(静岡県)をヒッチハイクで移動しました.

4日目後半は富士川SA(静岡県)~日本坂SA(静岡県),日本坂SA(静岡県)~牧の原SA(静岡県),牧の原SA(静岡県)~浜名湖SA(静岡県),浜名湖SA(静岡県)~刈谷SA(愛知県),刈谷SA(愛知県)~西宮名塩SA(西宮名塩SA)をヒッチハイクで移動しました.

5日目前半は西宮名塩SA(兵庫県)~三木SA(兵庫県),三木SA(兵庫県)~竜野西SA(兵庫県),竜野西SA(兵庫県)~吉備SA(岡山県),吉備SA(岡山県)~小谷SA(広島県)をヒッチハイクで移動しました.

5日目後半は小谷SA(広島県)~宮島SA(広島県),宮島SA(広島県)~壇ノ浦PA(山口県)をヒッチハイクで移動しました.壇ノ浦PA(山口県)~幡生駅(山口県)を徒歩,電車,タクシーで移動しました.

以上が前回までのあらすじです.

このシリーズでは,当時ヒッチハイクしながら書いた日記を参考に,北海道から九州へのヒッチハイク冒険記を書いていこうと思います.

↓前回の記事です.

学生時代の日本縦断ヒッチハイク冒険記 その9(広島県~山口県編)

関門海峡

朝9時ごろ目を覚まし,朝食にカップ麺食べて,10時頃にネカフェを出ました.

スマートフォンのGPS機能を頼りに,関門海峡の下をくぐって,九州へ通じる地下道入り口を目指しました.

地下道まで行くのに5キロぐらい歩きました.

荷物が重く,疲れたのを覚えています.

↑対岸が北九州市です.

本州と九州が近いのは知っていましたが,想像より近かったです.

少し疲れたので,30分ぐらいベンチに座り,景色を眺めました.

ここは海上交通の要所のようで,絶え間なく船が通過していきました.

水平線から船舶が,みんな一列になって海峡を目指してきます.

船の航行を見るのは,全然飽きませんでした.

↑本州側の関門トンネル人道入り口のある建物です.

↑人の通行は無料です.

さあ,歩いて九州を目指すよ.

エレベーターで地下まで降ります.

地下にはいろんな人がいました.

自分と同じような旅行者.

自転車でツーリングしている人.

おそらく地元の人であろうジョギングしている人

ウォーキングしている人.

地下はとても湿度が高かったです.

後から知りましたが,トンネルには常に地下水が漏れ出していて,それをポンプでくみ上げているそうです.

本州と九州の境界を何回もまたいで,山口県と福岡県を行ったり来たりして,一人で遊びました.

700メートルぐらい歩いて北九州市門司(もじ)側のエレベータに到着しました.

エレベータで地上に出ました.

昨日,広島から下関まで乗せてくれた女性二人が言っていた門司の「焼きカレー」というもの食べようと思い,海岸線を歩いていると,若松屋という店を見つけました.

店主のおじさんに「焼きカレーというものを食べたいのですが,門司の市街地ってどっちですか?」と聞くと,「ここをまっすぐ行けば20分で着くよ。」と答えてくれました.

お店には,おでんが売られており「お勧めのおでんありますか?」と聞くと,「今,肉がいい感じだよ。」と言われましたので肉を1本買いました.

5円値引きしてくれました.

↑若松屋

↑市街地で,どの店にしようか迷った末,上の写真の店に決めました.

いろいろな種類の焼きカレーがありましたが,残金のことを考えて一番安い普通の焼きカレーを注文しました.

焼きカレーとは何なのか,お店の人に聞いてみました.

「ドリアみたいな感じかな.ご飯にカレーとチーズをかけてオーブンで焼くの.」と教えてくれました.

そして「そこの席,暑いから扇風機の前の席に座った方がいいんじゃない?」と気遣ってくれました.

↑焼きカレー登場

溶けたチーズがカレーと白米にに合います.

店の雰囲気も落ちついていて良かったです.

食後,これからどうするか考えました.

とりあえず下関に戻ることにしました.

下関まで行く船が出ていましたが,残金を考えて徒歩で戻ることにしました.

海峡を見ながら地下道に向かいました.

船が次から次へと通過していきます.

どうやら右側通行のようです.

潮の流れもよく見え,先ほどと方向が逆になっていました.

後から知りましたが,関門海峡では1日に4回潮の流れが変わるそうです.

 

帰りの地下道,さっきよりジョギングしてる人が増えてるような気がしました.

競歩みたいな速さで,歩いて私を追い越していくお爺さんも複数いました.

この後,下関市街地をぶらぶらして,迷いながら同じネカフェに戻りました.

GPSのナビを使って最短で戻ろうとしましたが,狭い道を指定されたり,人気のない夜道を指定されたり,公園にある大きな山をわざわざ登ったりして,疲れたのを覚えています.

公園にある山を登った時は,夜景がきれいでよかったです.

コンビニでカップ麺を購入し,ネカフェで食べて寝ました.

次回 山口県~釜山(プサン)広域市

下関フェリーターミナルからフェリーに乗り,韓国釜山広域市に向かったことを記述します.

↓次回の記事です.

学生時代の日本縦断ヒッチハイク冒険記 その11(山口県~釜山(プサン)広域市編)

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