学生時代の日本縦断ヒッチハイク冒険記 その3(青森県~岩手県編)




学生時代の日本縦断ヒッチハイク冒険記 その3(青森県~岩手県編)

前回までのあらすじ

私は他の人がなかなか出来ないような事をやってやろうと思い,日本縦断ヒッチハイク思いつき,一人で強行しました.

北海道洞爺駅付近から最初の目標地点函館に向けてヒッチハイクを始めました.

ヒッチハイクに成功し,函館駅でドライバーの方たちと別れた後,青函フェリー乗り場まで歩いて移動しました.

フェリーターミナルでは,ベテランヒッチハイカーTさんに出会い,ヒッチハイクのやり方等を教えてもらいました.

彼のノートには今まで旅で出会ってきた人たちのメッセージが綴られていました.

ノートを見て,旅に出るとこんなにも多くの人に良くしてもらえるのかと思いました.

フェリー内でTさんと会話をした後,3時間ぐらい寝て青森に到着しました.

青森のフェリーターミナルでTさんと互いに握手して別れました.

青森に到着した頃から,私は自分が旅番組の主役になった気分に浸っていました.

また,ヒッチハイクしている間はどんな困難に遭遇しても乗り切れる自信が自然と沸いていました.

以上が前回までのあらすじです.

このシリーズでは,当時ヒッチハイクしながら書いた日記を参考に,北海道から九州へのヒッチハイク冒険記を書いていこうと思います.

 

↓前回の記事です.

学生時代の日本縦断ヒッチハイク冒険記 その2(津軽海峡編)

青森インターチェンジ~紫波(しわ)SA(岩手県)到着 :ヒッチハイク1日目と2日目

青森港~青森インターチェンジ

新幹線の高架橋に沿って,スマートフォンのgoogle mapの誘導に従って,青森インターチェンジを目指しました.

しかし,細い道を通って迷うなどして,3時間程度かけてようやく青森インターチェンジに到着しました.

また,所持していたお金は少なく(私の記憶だと約5万円),この先どの程度お金が必要になるか分からなかったため,飲み物は買わずに,公園の水を飲んでいました.

↑青森インターチェンジへの道中
↑青森インターチェンジへの道中(新幹線高架付近)

青森インターチェンジ~紫波SA(岩手県)

15時30分頃,スケッチブックに青森インターチェンジから約100 km離れた秋田県の「東北道 花輪SA(はなわサービスエリア)」とスケッチブックに書いて掲げてみました.

フェリー内で3時間しか寝てなく,3時間も迷って歩いていたからか,スケッチブックを掲げるのが辛かったのを覚えています.

なかなか拾っていただけななったので,目的地を一番近くにある約45 km離れた「東北道 津軽SA」に変更してみました.

17時30分頃,100 m先ぐらいで1台の車が停まりました.

初めは私のために停車しているのかわからず,黙って車を眺めていました.

すると,車が私に近付いてきました.

「ヒッチハイクですか?」と聞かれて「はい!津軽SAまで乗せていただけないでしょうか?」と聞き返すと「良いですよ!乗ってください!」と了承していただきました.

太陽も傾いてきて,あのまま拾っていただけなければ野宿だったかもしれなかったので,とてもうれしかったのを覚えています.

乗せてくれたのはEさん.

ヨーロッパに本社を置く会社の営業マン.

仕事帰りだったそうです.

Eさんは一度私の前を通過した後,私を乗せるため,一周して戻ってきたとのことです.

なぜヒッチハイカーを乗せたのですかと聞くと「仕事帰りの運転は眠くて,話し相手がほしかったんですよ」と答えてくれました.

年下の私にずっと敬語使ってくれていました.

津軽SAまでの予定だったのですが,Eさんは盛岡まで行くとのことだったので,「盛岡手前のサービスエリアまで乗せてもらえないでしょうか?」と聞くと「良いですよ!居眠り運転しなくて済みます.」と快諾してくれました.

盛岡までおよそ160 kmを一気にジャンプさせてもらいました.

Eさんはヨーロッパの企業と日系企業の違いを話してくれました.

日系企業では月々の給料は20~25万かもしれないのですが,ヨーロッパの企業は基本はボーナスがなく月々40~50万の給料をもらう等を話していただきました.

盛岡付近到着まで2時間ぐらい,話は途切れませんでした.

良い眠気覚ましになれれば幸いだと思いました.

盛岡手前のサービスエリアまで来たのですが,ここはあまり車が来なくて規模が小さいということで,わざわざ盛岡より南の大きなサービスエリアまで乗せていただきました.

19時40分頃に紫波SA到着.

最後は握手してお別れしました.

話しやすい良いお兄さんでした.

SAのレストランは24時間営業していて,トラックのドライバーさんが仮眠してたり,夜食を食べていました.

自分もかなり空腹でしたので一番安いカルボナーラを注文しました.

24時間ぶりの食事は美味しかったです.

↑紫波SAのレストランで,スケッチブックに次の目的地「長者原SA 方面」と書きました.

食べ終わってから,これからどうするか考えました.

近くのSA「長者原SA(ちょうじゃはらサービスエリア)方面」と書いて,通りすがりのドライバーに見えるよう机の上にスケッチブックを置いてみた.

すると自分の近くで食事をしていたドライバーが「郡山(福島県)まで行くけど乗るか?」と声をかけてくれました.

次回 岩手県~福島県

乗せていただいたドライバーは車運びのTさん.

レンタカーなどの車を移動させる仕事をしている.

Tさんには温泉に連れていってくれる等,2日間お世話になりました.

次回はそのTさんに乗せてもらった時の話を書こうと思います.

↓次回の記事です.

学生時代の日本縦断ヒッチハイク冒険記 その4(岩手県~福島県編)

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